ラムネを飲みづらくする意味って?

今日はテスト期間なので午前中で学校は終わり、明日のテスト科目を勉強してました。

そして、ひと段落着いてリビングで冷蔵庫にあったラムネを飲んで、ついてないテレビぼけーっとを見つめていて、ふと思いました。

ラムネって何でわざと飲みづらくしてあるんだろう?

無駄をはぶく現代の社会において、こんなにも効率の悪いものがなぜ何十年も愛されているのか。

多分、日本の飲み物の中もっとも外国人に奇異がられると思います。

きっと飲み口をふさいだビー玉を指で押して、顔面フィニッシュに決まってます。


何のためにスマートなひょうたんのような形にして、何のためにビー玉を入れるのか?

そしてそのビー玉がひっかからないようにする上の部分の二つの突起。

わざわざビー玉を入れて飲みづらくしているくせに、突起をつけてそれを中和。

なぜ、こんなにも遠回りをしようとするのか。理解ができません。


結局、それは同じ道を歩くのと、バスにのっていくことの違いに似ているのでしょう。

もちろん効率を重視するならばバスに乗るでしょう。

しかし、歩くことは、それでしか得ることのできない、いろいろなものが発見できたりするのです。

例えば、気になるあのひとの家から南無阿弥陀仏が聴こえてくるとか。

なぜか壁に「小便するな、この、犬!」というベニヤに筆書きの看板を見つけたり。


要するに遠回りにしかないものもあるんじゃないかなってことです。

無理に意味を見出す必要はないのです。

でも、やっぱりなくてもいいかな〜だって無駄じゃん


今日の日記にも意味がない。